診療看護師(NP)と特定看護師

2020年、時点において、診療看護師という方は厳密に言えば、存在しません。
一方、特定看護師も、厳密に言えば、存在しません。
 
少し前に、一定の議論がなされ、法整備が行われ、2014年6月に「特定行為に係る看護師の研修制度」というものが創設されています。
 
通称、現行の法制度下において、研修を終えた看護師が可能とされている行為は、「21区分38行為」だけとなっています。
 
一定の議論がなされ、これらの「特定行為」が法整備されたことはとても良いことだと思いますが、逆に議論の引き金ともなっているような気がします。
 
そもそも、「特定行為」の前段階ににおいて、「処方権」等をもつ自立した看護師である、「Nurse practitionerナースプラクティショナー)」の法整備を目指していたようですが、様々な反対意見により、現行の折衷案(といって良いのかわかりませんが)で落ち着いたのだと思います。
 
なぜ、これらの医療の健全化のための制度が議論の引き金となっているのかというと、大学院の存在だと思います。
どのような大学院かと申しますと、いわゆる診療看護師(ナースプラクティショナー)を養成する大学院のことです。
 
診療看護師(NP)を養成する大学院は、当時(現在もそうですが)法制度よりも先を見据えて創設されています。
そして、今後どうなるかわからない混沌とした状況で、先人のNPといわれる方々が日本において、日本版ナースプラクティショナーに向けて現在も牽引していっているのだと思います。
 
大変素晴らしいことであると思います。
また、日本版ナースプラクティショナーの制度創設を目指すにあたり、国立病院機構は月々6万円の手当を、大学院卒のNPに給与としてのインセンティブを与えたということはとてもインパクトのあるものであったと思います。
 
現在特定行為を取りまく現状において、大学院卒の特定行為のできる看護師と、特定行為研修センターでの履修後、いわゆる特定看護師として活動している看護師の2つの看護師が存在します。
 
詳しくはないのですが、現在では、様々な団体がこの制度に乗り入れてきており、現場はさらに混乱しているようです。
 
何れにせよ、ひつようなのは「謙虚さ」だと思います。
よく聞く話が、大学院を卒業したんだから、「差」をつけてほしいということです。
たしかに、大学院へ行き、定められたプログラムを履修するのはそれなりに大変だと思います。
けれども、臨床において、困っている患者さんを目の前にして、「学位」はあまり関係ありません。
 
さらに、大学院を卒業した看護師なのであれば、それなりの研究成果を提示してほしいと感じます。
 
個人的意見ですが、診療看護師(NP)と特定看護師と呼ばれる人たちは、できる人がそれなりに評価されればそれで良いのだと思います。
 
診療看護師(NP)と呼ばれる人たちは、ほとんど看護師特定行為のすべての実践が可能とされています。
悪い言い方をすれば、中途半端ですし、良い言い方をすればオールマイティーとでも言うのでしょうか。
 
逆に、一部の特定行為のみ可能な、特定看護師の方々はある一定の行為に集中して実践していますので、診療看護師(NP)と呼ばれる方々よりも実践能力は高い可能性もあります。
 
そもそも、大学院を卒業し、特定行為研修制度を履修したというだけで、すべての看護師が一定に良質なケアを提供できるとは思えません。
だからこそ、能力に応じて給与で差をつける必要があるのだと思います。
 
仕事は、どんな仕事でも言えることかもしれませんが、ある一定の年月そこで過ごすと、パターンがわかり体は動くようになります。
けれども、その根拠を問いただすと「わからない」ということは、日常だと思います。
 
例えば、看護師は尿道カテーテル留置中の陰部洗浄は、カテーテル関連尿路感染症を予防すると信じている方々が多いですし。
NPにおいても、なぜAという薬ではなくBという薬を選択したのか問われて、その根拠(ランドマークスタディ)を提示できる者は少ないと思います。
多くの答えは、「そのように教わったから」、だと思います。
 
処方権を含めて、日本版ナースプラクティショナー創設へ向けて、頑張るのであれば、もう少し根拠に基づく医療の実践の提示や、多施設で手を取り合って1例1例を詳細に分析し、未来への投資として、成果を提示していければ良いと思います。
 
毎回、NPに対して少しだけ厳しい意見に思うかもしれませんが、NPがホントに活躍するような時代になれば、現在の医療は結構変わるものと信じています。
 
ほんとに医師がやらなければならない仕事は、実はそんな多くないと思います。
特に、今後はAI(人工知能)の台頭により、診断も適切に行われるのはほぼ確実です。
医師の代替を目指しているNPは淘汰されるのは、自明の理のような気がします。
だからこそ、1つの事象に対し、看護師経験と医師側、双方からの考察が可能なNPとしての、根拠を施設を超えて提示いて行ければ、未来は明るい、かもしれない。
と願っています。