できる理由とできない理由

医療において、特に近年は「安全」が騒がれています。

 

けれども、一部の医療者は安全の概念を履き違えているようにも思います。

 

例えば、ある患者さんが外出を希望したとします。

通常意識が良い患者さんであれば、病院での生活は苦痛です。

ですので、少しの時間でもよいので、様々な理由により入院とはなっていますが、実は退院可能な患者さんが病院にはたくさんいます。

 

例えば、すべてはお金とも言いたくなる米国と比較すると、日本の病院に入院しているいる患者さんは、相対的に医療の必要度が低く、米国であれば外来でも可能な方がたくさんいるのだと思います。

 

そのような背景もあり、実は退院可能な方が入院しているので、病院において、利益となる以外はあまり良いことはありません。

 

例えば、入院すると身の回りのことをやらなくなります。

トイレに行くにも、(主に高齢者ですが)ナースコールを押さないと看護師さんに怒られます。

看護師さんは、入院による弊害とか、そのへんのことも考えてはいるのでしょうが、自分に関連する患者さんが転倒でもされることのほうが、よほど大事です。

看護師さんも多忙ですので、自分でトイレに行ってもらったほうがよほど楽ですし、双方にとってもメリットがあります。

けれども、転倒されるのが困るのです。

 

確かに、病院で転倒して骨折する人も、比較的稀ではないほどにいらっしゃいます。

 

では、転倒されないようにどうするかというと、1つは身体拘束です。

最初は、センサーを使います。

センサーは、患者さんが起き上がったり、床に足をつくとナースコールと連動する仕組みになっており、少し起き上がっただけで、「すぐにナースがやってくる、監視されている」という患者さんもいます。

 

医学的知識とか別として、このような監視されている環境が嫌だと思うのが普通の心理なのだと思います。

 

とにかく、看護師さんを含む医療者は、入院中に余計なことを起こされたくない、という心理状態にあるのだと思います。

 

冒頭で書きました、外出を希望する患者さんがいたとします。

意識は普通だけど、体が動かない。

さて、この患者さんをどのように外出させようか、と普通の医療者であれば考えるはずです。

けれども、安全のことばかりが身に染み付いている一部の看護師さんは、「何かあったらどうするんですか!」というのが口癖です。

 

何かあったらの何かってなんですか?って聞くとすごくいろんなことを思いつきます。

例えば、車に頭をぶつけらどうするの、移動中に転倒したらどうするの、とかです。

それも、病棟がそのような雰囲気になれば、話に加わってきた看護師さんはすべて否定語しか発しません。

肯定的に物事を考えることができなくなっているのは、すごく残念だと思います。

 

もちろん、全ては架空の患者や看護師の設定ですが、実際このような看護師さんはいます。

 

看護師さんのいう「安全を担保する」という概念自体が少し違う気がしています。

歩かなければ、転倒は起きません。

じゃあ、寝かせとこう、となるわけです。

 

プロフェッショナルな医療者であれば、転倒のリスクがこのくらいあるから、事前にベッドの角度や靴や杖の先などなど気を使い、転倒を事前に防いでいるのだと思います。

 

当然ですが、高齢者は筋肉が少ないです。

もともと少ない筋肉で、何らかの病気で入院すると、筋肉はさらに減少します。

さらに、何らかの病気や環境変化の影響で、食事が摂れなくなる患者さんもいます。

そうなると、ますます筋肉は減少して、ますます転倒のリスクが増加します。

 

つまり、安全を期すための対策が、転倒を誘導するような方向になっている可能性があるのです。

 

ですので、この患者さんに普通の生活、少なくとも入院前の生活と、現在の患者さんの状態を「評価」して、このくらいまでの活動性ができるようになる、という目標設定が必要です。

 

目標が決まれば、そのために何をすべきかが、見えてきます。

例えば、夜眠れていなければ、昼間の覚醒状態やせん妄と言われる一時的な混乱錯乱状態への介入などです。

また、入れ歯やメガネや補聴器なども、紛失や破損を理由にベッド上での生活の方には、積極的に装着されない傾向にあるように思います。

 

1つ1つ細かいことを、積み重ねて初めて患者さんは、良い方向に向かいます。

 

世の中にはいろんな研究があります。

受け売りですが、急性呼吸窮迫症候群という非常に死亡率の高い患者群に対し、初めて人工呼吸管理で生命予後を改善させた、2000年の研究があります。

その結果は、死亡率31%(介入群)と39%(非介入群)でした。

集中治療の世界に限りませんが、入院中の患者さんは、実はやることがたくさんあります。

集中治療室だと、もっとやることはあります。

そのなかで、8%の死亡率改善効果と言うのは、実は実感できるほどのものではないかもしれません。

 

けれども、科学的根拠を持ち、現存する根拠を武器に、良いことと悪いことの分別がわかる医療者であれば、3人に1人の死亡と2.5人に1人の死亡では、隔世の差があると感じるはずです。

 

できない理由をあげるは簡単です。

できるために色々と知恵を絞り、目の前の患者さんを色んな意味で緩和も含めて良くするため、自分に何ができるかを常に問う姿勢が重要だと思います。